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麗羅の館ⅩⅥ

第二話:今宮紗希
12
 
“麗羅の館”退院後、二か月経った今、“香月総合病院”に来ていた。
今日この医院にきたのは女性であることの証明書を、作ってもらうためだった。
沙羅のときは、紗希が勝手に戸籍を変えてしまったので、こんな必要ななかったが、紗希の場合はこれから、この診断書を家庭裁判所に持って行き、公に認めてもらわなければならない。
少々面倒だが、これですら、今の紗希には楽しかった。
怪訝そうに首をかしげていた医者は、診断書に女性と書かざるをえなかった。
退院後、一か月で生理は来ていた。まだ男を知らないその部分に生理ナプキンを当てるときは感動だった。
まさか自分にこういう事態が起こるとは思っていなかった。
ニューハーフ時代、痴漢よけにしたことはあるが。
しかし聞いていた以上に憂鬱な日々だった。
頭痛はするし、下腹部のほうもしくしくするのだった。母に聞いたら、たぶん生理は重いものだということだった。
しかし、それも憧れていた女性の身体を、無理やり手にした報いと楽しむことにした。

家庭裁判所に書類を提出した紗希は、あとは通知を待つだけだった。
その日はそれから、あの津村良樹に出会った場所に行ってみた。
あれ以来彼に連絡していない。
性転換などで忙しかったこともあったが、けっこう好感を持ったので、今度あったときにはおそらく、セックスまで至るだろうと思っていたし、自分が軽い女とみられたくないという気もちもあった。
これは鮫島とのとき、あまりに簡単の抱かれてしまったときの反省からでもあった。
あの時はただ好奇心から、自分から誘惑していた。
しかし彼と別れ、半ばやけ気味に特定多数の男とセックスをしてが、いまは大切なバージンを捧げる相手の吟味には、慎重になっていた。
その相手が津村なら最高だし、間違って子供が出来てもいいとまで思っていた。
ただ生理は訪れたが、本当に男を受け入れることが出来るかの不安もあった。
乳房など感じやすくなった性感帯をいたぶってのオナニーはしたが、指やバイブルーター、異物などを女性器に挿入することは避けていた。
まかり間違って処女膜の喪失にでもなったら、後悔する。
そんな思いから臆病になっているのだった。
その日、津村に会うことはなかったが、あの日の彼を思い出すたびに会いたい気持ちが募っていくのだった。

部屋に戻り、買ってきた洋服をクローゼットにしまいながら、吊るされている他の洋服を確認している。
スタイルはそんなに変わっていないから、下着は今までのものでよかったが、全体的な骨の移植で身長が低くなりミニ丈のワンピースなどは、膝下になってしまうものもあった。
またオーダーの服もウエストが5cmも細くなったのとウエストライン、ヒップラインが上がっていたので合わなくなっていた。
試しに着てみるが、自分のイメージとはあわなかった。
三時間掛けて、すべてを着てみたが100着ほどの服は、20着ほどしか残らないだろうと思われた。
以前にもこんなことがあったが、そのときと同じようにリサイクル店に持っていこうと思っていた。
ただ彼女のような素晴らしいスタイルの女性は、そんなにはいないとも思われたが。
それに、すべてが高級ブランド品だった。
オーダー品も直営店での仕立てだったので、ブランドのタグがついていた。

東京に住み始めた母からの電話が、そろそろ来る時間だった。
母は毎日、決まった時間に電話してくる。部屋に据え置きの電話だったので、紗希はその時間までには部屋に居なければならなかった。
遠まわしの門限規制だった。
ニューハーフのときはこんなことはなかったが、性転換と共に始まったことだった。
そのことには、父の影を感じざるをえなかった。
いきなり娘を持つ父の感情には、浩三も戸惑い、うろたえているようであった。
たいした話はしない。
ただ居ることの確認程度だった。
一度だけ一時間ほど帰りが遅いときがあった。
そのときには、紗希が帰ったときすでに、浩三がエントランスで待ち受けていた。
そして、彼女の姿をみるなり、ほっとしたような顔になり、“近くまで来たから”と言い残し、部屋にも入らず帰っていくのだった。
紗希の記憶では、父は彼女の部屋で二人きりになったことはなかった。
これはニューハーフのときでも同じだった。
故郷のマンションに居たときでも、来るのは玄関までで、部屋には入らなかった。
そのときの紗希は、父は自分のことを認めていないと思っていた。
しかし、母から陰の協力を聞いたとき、自分と一緒に居ることに照れを感じるのだと感じた。

母からの電話は、午後八時だった。
いまどきの中学、高校生でもこんな時間に帰らない。
少々うんざりした気分になっていたことだけは確かだった。
『これじゃあ、男も出来ないじゃん』
その候補者が居るだけに、イラつくのだった。
もし津村と会い、セックスにまでに至ったら、どんな言い訳をしようかと考えていた。
また津村以外の男性でも同じだった自分ももうすぐ20歳だから、もう少し自由にして欲しいとも思ってもいた。

津村に会うためではないが、少なくなった洋服を増やすため買い物に来ている。
ニューハーフのころからの癖だったが、紗希は出かけるとき多くの中から悩んで、悩んで着る服をえらばなければ納得しない性質らしい。
そのため、クローゼットは絶えず一杯でなければならない。
だから時にはたくさん買いだめすることがある。今日がその日だった。
普通の金銭感覚では痛いものがあるが、幼少のころより金銭的には無頓着で、というより絶えず欲しいものは自由に手に入れられたので、金銭感覚はなかったといってよい。
今もゴールドカードで支払いを済ませていた。
このカードもある一定額が絶えずはっていて、彼女が使うと足りない分はいつも間にか、振り込まれている。
たぶん浩三の差し金だろうが、幼いころからそうだった。
しかし、これは末っ子だけで、他の三人は、毎月小遣いをもらい、その中でのやり繰りだった。
もちろん同級生に比べればかなり高額だったが。

ブラウス、Tシャツ、スカートなどを買った紗希は、合うサイズがないのをなげいていた。
上物は何とかなるが、スカートのサイズは既製品で合うスカートはなかった。
サイズが小さいというのならまだしも、大きいものばかりだった。
合うのは子供服になってしまい、デザイン的に幼すぎた。
また最小のものを選んでも、大きい腰に引っかかるようになり、せっかく長くなった脚の長さを表現し切れなかった。
今日買ったスカートも大半がサイズ直しで持って返るのは、2着だけだった。
またワンピースはすべてオーダーで出来上がるのは10日後だった。
なじみの店ではなかったが、高額の品を大量に購入した紗希を丁寧な扱いで応対し、また紗希もそれに見合うだけの買い物をした。
オーダーの品々も20点を超えていた。
ワンピース、ジャケットなど、アンサンブルはウエスト、ヒップラインがあわなあった。また、90cmというサイズのバストも合うものはなかった。
沙羅の言っていた言葉が思い出された。
紗希と同じようなプロホーションの沙羅も今はマタニティーだから感じていないが、おそらくこれから悩むだろう。

部屋に帰りクローゼットに買ってきた服を丁寧に収納する。
これが紗希の買い物後のパターンだった。
着られなくなった、また気に入らない服はすでに、一つにまとめ段ボール箱に入れていた。
宅配便を呼び、リサイクル店に送る予定だった。
別に買い取ってくれる値段には執着はしていなかった。
ただ箱詰めと発送票を書くだけで、不要の服が片付くことの簡単さを選んだだけだった。
3箱のダンボールを玄関脇に積み、伝票を添えておいた。
これで明日朝、電話をすれば、ことは足りる。
そんな時電話が鳴った。また母かと思い、
「はいはい、可愛い娘はかえっていますよ」
と独り言を言いながら、受話器を取った。
しかし、受話器の向こうは、やたら弾んだ男の声だった。
こちらが声を出す前に向こうから話しかけていた。

「もしもし、今宮紗希さんですよね・・」
「・・・はい・・・」
「やっと見つけた・・・僕、津村良樹です・・あのお忘れですか・・・」
勿論覚えている。しかしどうして、この電話番号が、という疑問がすぐ湧いた。
紗希は彼との別れ際、電話番号を聞いてきたが、携帯電話の番号はおろか、ここの電話番号も教えなかった。
「・・津村さん・・・ああ、あのときの・・・」
「よかった、覚えていてくれたんですね・・」
「・・・今日は何か・・・」
紗希はわざとつっけんどんな態度で応対した。
「あなたからの連絡を待って板の出すがなかなかもらえないので、いろいろ探しました」
気に入らない相手なら、“それは、それは、ごくろうさま、ではさようなら”と電話を切り、翌日番号を変えるのだが、また今までそうしてきた紗希だったが、今日は違っていた。
「・・・すみません・・ちょっと忙しかったものですから・・連絡が遅れました・・
でも、あまり間が開いてしまいましたので、もうわたしのことなどお忘れになされたかと思いまして・・」
「とんでもありません、連絡を今か今かと待ち焦がれていました・・」
「・・すみません・・」
「・・・早速ですが・・明日にでも会っていただけませんか・・」
「明日ですか・・あしたはちょっと・・・10日後では・・」
「そんなに待てません・・明日でなければ、あさって・・」
「・・・随分、性急なんですね・・」
紗希の心は決まっていたが、どうせならオーダーの服を着ていきたいと思ったからだ。
「すみません・・・やっと探し当てたものですから・・」
「でも、わたくし、約束したら逃げませんわよ・・」
やたら丁寧な言葉使いだが、紗希は外ではこのように話していた。これは女装を始めていたころから、代わっていなかった。

結局、津村に押し切られ、明後日会うことにしたが、実際のところ、明日は宅配便に荷物を渡した後、両親のところに行き、一泊してくる予定だった。
その帰りにリサイクルショップに寄り、受取金の振込先を伝えるつもりだった。
紗希は予定の変更を組み替えていた。
両親のところでの一泊までは変えないが、リサイクルショップへはFAXで済ませようと考えた。
両親のところでの一泊は、母から、父が心待ちにしていることを聞いていたので、変更できなかった。
また、津村に会うときには一度、美容室に行っておきたかったので、彼の会う時間を遅くしたのだった。
しかし、一度部屋に帰らなければ、とか下着はとか、洋服はとか、いろいろ考えると、すべて今決めておかなければと、さっき綺麗にしまったクローゼットの中のものを引っ張り出した。
『う~ん、もう、・・だから、10日後がいいっていったじゃあない』
などとぶつぶつ言い出していた。
こういうときの紗希は、必ずイラついている。
どこかの歌のあった歌詞のようだった。

結局、紗希決めた服は、黒のニットのTシャツ風、Vネックで大きく開き、裾に太目の白の帯のはいった上物、ボトムは黒のプリーツスカートのミニ、こちらも裾に白い帯が入っていた。
白い帯で絶妙なバランスで入っているため、上品で活動的な感じを醸していた。
下着はニットのシャツを間から、透かして見せるので黒にした。
アウターは上品、インナーは、妖艶という姿だった。
また、脚部分はもうすぐ梅雨も明ける時期だったので、素足に決めた。
靴も黒のサンダルで、10cmのハイヒールだった。
バッグはかなり迷ったが下着の替えや、化粧直しのためにいつも持ち歩いているものに加えて、スキンケアのための化粧水も持っていこうと思ったので、当たり障りのない大き目のブランド品を選んでいた。
ピアスやブローチ、ネックレスなども服に合わせて、選び鏡台の隅に並べ、満足気に微笑んだ。
父の喜ぶ顔を存分に見て、自宅の近所の行きつけの美容室に来ていた。
彼女担当の若い美容師が、“いつも通りでよろしいですか”と問いかけてきた。
確かに紗希はここ数年、ヘヤースタイルを変えたことはなかった。
その言葉に反抗するわけではないが、女性に代わったことだし、気分転換の意味もあり、ふと変えようと思った。また前回とは違ったイメージの自分を見せるのもいいかな、という軽い気持ちだった。
その美容師の技術のよいことは分かっていた。
容姿のほうは必ずしも美人とはいえない。
しかし、どことなく愛くるしく可愛い感じの子だった。
といっても20歳の紗希より2、3歳上のような感じだった。
突然の思いつきに紗希は、“劉詩涵風にして”と頼んだ。
また彼女は、この中国のタレントの容姿に憧れを持っていてニューハーフの時から、彼女を意識して整形していた。
また”麗羅の館“でも変身の時でも彼女のようにしてくれるよう頼んでいた。
麗羅はそれでは個性が出ないといっていたが、彼女はきちんと紗希の言うとおりに変えてくれていた。
といっても、もともと整形でそのように変えていたので見た目は大して変わっていない。
またそのほうが周りから、あからさまに変わって事をしられずにすむ。
美容師の典子は、“劉詩涵”と聞き、怪訝な顔をした。
「わたしも、常々そう思っていました。だって紗希さん、そっくりなんですもの。リュウ・シーハンさんに・・」
そういって紗希の言葉に賛同してくれたが・・・はたしてリュウ・シーハンのことなどしらないようだった。
「でも、・・リュウ・シーハンのヘヤースタイルは・・・と・・」
なんと典子は、ヘヤーカタログを持ち出してきた。それをまじまじと眺め、
『前上がりのロングレイヤー、顔周りは前髪をつなげてレイヤーを多めにいれ、中間から毛先をそいで軽さをプラス。太目の円錐ロットを使ってサイドはリバース、バックハーフォワードで二回転巻く。』
とぶつぶつ独り言をいっていた。
紗希は当人のしわない名前を言われ焦っているようだった。
知らなくって当然だった。
いきなり中国のモデル、しかもニューハーフタレントに名前を言われたのでは、分からなくて当然だった。
もちろん劉詩涵はモデルであるため決まった固定のヘアースタイルなどない。
ただ単に紗希の悪戯心から出た言葉だった。
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「典子さん、大丈夫?」
「えっ、ああ、・・・紗希さんの思い切ったイメージチェンジだから、もう一度再確認を・・」
「・・ふふ・・とにかくお願いよ・・」
「紗希さん、・・カラーはどうします・・変えます?」
「時間がかかりそうだから、また今度・・今日急いでいるの・・」
「あら・・デートですね・・いいなぁ・・・」
「・・違いますよ、・・友人とお買い物・・」
「だから・・デートでしょ・・」
「・・女性の友人・・・」
典子は気づいたようだったが、それ以上は言わなかった。

2時間ほどで出来上がった。もともと上品な顔立ちにさらに磨きがかかったようだった。典子は髪を染めたほうがいいようなことを言っていたが、紗希には黒髪に対する憧れが幼いころよりあったので、染めるつもりはなかった。
急いで部屋に戻りシャワーを浴びていた。セットしたばかりの髪は、濡れないようにタオルを巻き、身体のほうはこれでもかというくらい磨き上
げていた。エアコンの温度を最大にして身体の火照りを冷ましながら、スキンケアをし、後は化粧を入念にするだけだった。その化粧もすでに着ていく服が決まっていたので、後はそれの合うようにればよかった。
そのイメージも決まったいた。
いつもこうだと紗希の外出は早いだろうが、大抵、3時間はかかっていた。
もっとも、これは昨夜から考えていたことだったせいもある。

紗希は約束のレストランに来ていた。ここは紗希もたまに使う雰囲気のよい店だった。
17時待ち合わせだったが、それまでにはまだ、10分ほどあった。
ホテルの最上階にあるそのレストランは、眺めのよい展望室にもなっていて、夜景を眺めながら食事や、酒を飲むことが出来る。
エレベーターでそこまで行き、出口のすぐ前に店の入り口があった。
自動ドアーの開くのを待ち、中に入ると壁に覆い隠され、向こう側が見えないようになったいた。それはもう一つ入り口のあることを意味し、自動ドアーの事理口とは少しずれたところに、それはあった。
その前には門番らしき人が立っていて、手動で開けてくれる。
紗希は会釈をしながら、開けられた門をくぐると、案内のウエイターが現れ、
「お一人様ですか?」
と、問いかけてくる。ここまではいつもと同じだが、紗希の返事が今日は違っていた。
「津村様と、お約束をしているんですが・・・」
と答えると、
「津村様は、すでにお越しになっておられます。どうぞこちらに」
すでに来ていることにはおどろかなかったが、客の少ないのにはとまどった。
いつもは満室で、待たされることもあった。
しかし今の店の状態は、もっとも見事な夜景の見える場所近辺は人影がなく、ただ一人の人物が座っているだけだった。

そこに座っているのは津村だったが、どうやらこのスポットを貸しきっていたらしい。
紗希の父浩三がよくやることだったので彼女にはそれが、すぐわかった。
しかし、こういう思い上がった行動を紗希はあまり好きではなかった。
幼少のころの記憶ではあるが、外で待たされた人や、遠くに座らされた人の羨望や嫉妬、不満などの視線を、辛い思いで感じていた。
そんな思いを思い出した紗希は、津村を見損ない始めていた。
紗希が案内されてくるのに気づいた津村は、たちあがって彼女を向かえ、
「来てくれてありがとう、・・・そしてすみません。言い訳がましいんですが、・・母がこのような措置を取りまして・・・」
どうやら、津村もこういうか仕切りは嫌いのようだったし、なぜか自分の心の中を見透かされたようでどぎまぎする思いだった。
しかしその言い訳を母親の持っていくのもどうかとも思った。

紗希はいま目の前に座っている青年の欠点を探している。
初対面、またそれに近い人にあった時、どこかでそうした目でみる自分に気づいていた。
ニューハーフのとき、自分が男と悟られないように、行動の一つ一つに注意していた。
その結果、相手の行動も監視するという自分があり、相手の嫌な部分を多くみてきた。
その反動なのか、相手をよく眺め、言動の中で欠点を見つけることが通常になっていた。
またそれを改めようとも思っていなかった。

津村は嬉しさのあまり、かなり雄弁になっている。
話の節々にそれを感じる。
彼は話しまくり、紗希は一言二言返答する、そんなやり取りが、しばらく続き、ワインがでてき、軽く乾杯した。といってもこの乾杯、紗希は嫌いだった。
“ほとんど初対面の人と、どんなことに乾杯なの”という気持ちだった。
しかし津村は“縁あって出会えたことに”だっただろう。
たぶん社交的には津村のほうが正しい。
しかし紗希には、この社交的なことをほとんど経験していなかった。
つい一ヶ月前まで、ニューハーフで深く付き合う人も制限され、たとえそれがセックスにいたっても、所詮一夜の付き合いだった。
見た目は女性で美しくあっても裸になる付き合いは、一夜だけということが多かった。
そんな過去の経緯があり、男との付き合いは一度だけといつも思っていた。鮫島は別として。
そんな目で津村を見ていたが、彼には目に余る欠点を見つけられずにいた紗希だったが、コースの順に出てくる数々の料理には不満を感じていた。
味が悪いとかそういう問題ではない。
彼女は現在のウエストを保つため、こうしたレストランでの食事の時には、50cmのウエストニッパーを身につけていた。今日もそうである。
そのため多く食べられず、メインのことを考え、残す品も数々だった。
そこことに津村は口に合わないと思い気を使い始めていた。
欠点のほとんど見つからない津村に更なる好感を持ち始めていた紗希は、考えた挙句、彼の断り席を中座し化粧室にむかった。無作法とは分かってもせざるをえなかった。
個室に入り、“乙姫“をだしながら、ウエストニッパーをはずした。
また出て、鏡で化粧直しをして、席に戻った。
ウエストニッパーは大きなバッグの奥底にしまいこんでいた。
急に食欲が出たように食べると、大便がたまっているように思われるので、やはり食べ残していたが、食べる量の少ない中で料理を堪能していた。
またワインも、酒は鮫島に鍛えられかなりの酒豪だったが、たしなめる程度にしていた。
こうした演技はいつも行っていた。
またそれを演じることは男性と付き合う上で必要だと思っていた。

ふと津村は、今の疑問をなんとなく紗希にしてきた。
「・・・紗希さん・・顔も声も変わったように思うけど・・・背も小さくなったような気が・・・・」
「・・・先日は風邪を引いておりまして・・背は・・・・縮んではいないのですが・・・きっと靴のせいだと思いますわ・・顔なんてメイクでいくらでも変わりますわ」
「・・そうですか、風邪だったんですか、ということはもう治っているんですね・・」
「・・ええ・・おかげさまで・・」
確かに紗希の声は、性転換後変わっていた。
そして面と合うのが二度目でよかったとおもった。
数度も会っていればこういういい訳も出来ない。
また可愛い声に代わったことも感謝していた。
ゆっくり時間を掛けて、食事を摂り、窓際のラウンジに席を替えた二人は、カクテルを飲みながら、夜景を楽しんでいた。また津村は早々と周りの予約を取り消していた。それはワインを飲み始めたころだったから、紗希が席について10分も経っていない頃だっただろう。
そのせいというわけではないが、カクテルを飲んでいる後ろは人の話し声でざわついていた。
こういう雰囲気を紗希は嫌いではない。
「後ろがざわついててすみません・・・やっぱり、予約していたほうが・・・」
紗希は津村の言葉をさえぎるように、
「そんなこと、ありませんよ・・・わたし、・・正直言いますと、ああいうこときらいなんです・・・だから、取り消してくださったこと、感謝いたしております・・」
紗希の言葉にほっとしたような津村だったが、
「紗希さん、・・・ヘヤースタイル、変えられたんですね、・・初め見たとき、イメージが違うんで、面食らってちゃって・・・」
「お嫌いですか、こんな髪型・・」
「とんでもない、今のほうがずっと素敵です・・面食らったというのはそういう意味ではなく・・・」
「・・ふふふ、ありがとうございます・・・」
あわてた津村のいい訳に微笑みながら、打ち解けた会話を続けていた。この頃には紗希も、演技などしなくなっていた。
これは相手に対し、心を許している証拠で、たぶんに自分の仮面を脱ぎ始めていた。
言葉使いのほうは中学のニューハーフ時代からの癖だったので、なかなか直らない。
父の前でもそうだから。これを丁寧と思うか、育ちのよい上品と思うかは津村の勝手だった。
なめるような飲酒だったが、ほろ酔い状態の紗希の頬はうっすらと赤みを増し、品のある色気を感じさせてきていた。
身なりは若々しく、活動的ではあるが、頬ずえをつきながら首をかしげる姿は、この上もなく美しい。
外の暗さが窓ガラスを鏡がわりにし、紗希の顔を映している。その姿は遠くから外を眺める人々の目にさらされ、注目を浴びていた。
同じようにラウンジに来て座ったカップルの男のほうは、時々紗希のほうをみている。
その浮つきに女性のほうが嫉妬し、そっぽを向ける。
そんな光景に紗希は優越感を感じる。
もっと得意顔は津村のほうだった。
まれに見る美男美女カップルだった。
紗希はチラッと時計を見た。もう10時だった。母からの電話はもう来ているはずである。
電話に出ない紗希を気遣って、また父がエントランスに来ている。
そんな光景が頭の中を駆け巡っていた。
そんな紗希の素振りに気づいた津村は、
「ごめん・・もう、門限過ぎちゃった?」
「・・ええ・・・でも、もう子供ではありませんから・・・」
その言葉の裏は、今夜のセックスを了解したものだった。
紗希とて、女性になってからのセックスこそまだだったが、かつてはニューハーフとして娼婦まがいのセックスをしていた。
だからといって、あからさまな誘いはしなかった。
それは今まででも同じだった。一緒に酒を飲み、雰囲気でホテルに行ったことはたびたびで、男ときずかれてもとりあえず性行為だけはという男の多いことか。
勿論、紗希の美貌もあったが。
上品な物腰、顔立ちではあった紗希だが、セックス、それもアナルセックスの好きな女性だった。

紗希を気遣って津村は送っていくことにした。
支払いに向かう二人に一人の若い女性が声を掛けてきた。
「すみません、○○さんですよね、・・サインをお願いします・・」
「ごめんなさい・・・よく間違えられますけど、・・・違います・・」
「えっ・・・うそ・・そっくり・・・」
「ごめんなさい・・あの方、もっと、おおきのでは・・」
そういう謝りをして、会釈をしながら、津村の後についていく。津村のほうも、やはり得意顔でいた。
支払いをしている彼に背を向け、入り口に視線を向けている。
だからといって早く帰りたいという素振りは見せない。
ころあいをみて振り返り、近づいてくる彼にお辞儀をして、
「ご馳走様でした。お食事もお酒のおいしく、楽しませていただきました」
と、お礼を言う。
女性は、特に若い女性はこれで良いと紗希は思う。
変に割り勘だの、自分の分はなど言い出すのは、男の顔をつぶすことにもなりかねない。
今後も付き合いたい相手ならなおさらだった。
反対に二度とごめんだという相手なら、さっさと支払いカウンターに行き、自分の分の支払いを済ませかえってしまう紗希だった。
それはセックス拒否の相手に限ることだったが。
手動の出口を開けてもらい、自動ドアーに向かう途中紗希は右腕で彼の左腕を抱えるように絡みついた。
彼の左腕に乳房の感触が伝わるようにわざと強く抱えた。
これも今夜を誘っている一つの行為だった。
そう感じるかどうかは津村しだいだった。

しかし、津村はその後何もせず、ホテルのエントランスホールで誰かに携帯電話で連絡していた。
紗希は仕事の電話かと思っていた。
別にこうしたデートの後の仕事の電話は誰にでも許していた。
所詮、男は一生仕事で終わるのだし、また仕事の出来る男は大半がこうして、わたし生活のなかにでも仕事を入れなければ出世は出来ないと思っていた。
紗希はまた、男に仕事と自分や家庭を選ばせる愚鈍な女性を見下していた。
それは並べて考えてはいけないことどうしで、両方大事に決まっている。
だから中途半端な男は悩む。
仕事に専念すれば女性や家庭に飽きられ、反対だったら出世は望めない。
今の時代、リストラも近い。そんな男のとっては都合のよい女性だった。

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megumi2001

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