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麗羅の館ⅩⅣ

第二話:今宮紗希
10

年も開け、日増しに大きくなってゆく沙羅のお腹を見ていると、紗希はうらやましくなってきた。
自分にはいま、愛している人などいないが、これから現れるだろうその人の子供を産みたいと思うかもしれない。そうなったとき、今の身体ではその望みは叶えられない。
そんな気持ちから、沙羅にどこで性転換したか聞いてみたことがある。
そのとき沙羅は、お義母さまにすべて話してあるから、そのうちに、話があるだろうということだった。
沙羅の言葉に冷たいと思ったが、とりあえず、彼女の言うとおり母からの連絡を待った。
最近では、女装に関するすべての行為がむなしくなることがある。
いくら手入れをしても所詮、ニューハーフでしかないのだ、沙羅のように妊娠し出産もしてみたい、自分の子が欲しい、これが女装、ニューハーフの人たちの共通の希望かもしてない。
しかし、それは夢物語でしかなく、結婚、入籍ですらできない。
せいぜいできても養子縁組くらいで、これですらなかなか実現できない。
所詮、希望、願望である。

その究極の希望を、沙羅は実現しようとしている。
自分のほうがもっと早くその希望を持ち、常々努力してきた。
しかし後からの沙羅に先を越されることに、またジェラシーを感じていた。
自分の気持ちを抑えることに限界を感じ始めていた紗希は、いらいらし始めていた。

大学も新学期が始まろうとしていたころだった。
大学生活を続けるには、もう始まっているガイダンスには出なければならない、しかし、その大学生活も拒否しようとしていつ紗希だった。
5月病という言葉をよく聞くが、新入生、新入社員に対しての言葉であり、この言葉を紗希に当てはめれば、かなり遅い5月病だった。
パソコンに向かい、自分の大学のホームページを見ている。
講義のほうの履修だけでもしておこうと、手続きをしている。
もはやあれほど好きだった外出ですら、億劫になっているのだ。
時間を掛け支度をしても、むなしいだけなのだ。

丁寧に化粧をして服を吟味し、着飾り、人の多い街を目的もなく歩く、こんな行動が好きだった。
人々の注目をあび、時には誘いに乗りお茶や食事、お酒に付き合う。
お互い気持ちが高揚すれば、セックスまで及んでいた。
どんな時でも紗希はうまくあしらい、男を満足させ、彼女をニューハーフと気付かせなかった。
そんなテクニックも身につけていた。
またうすうす気付くものもいたが所詮、一夜の付き合いと割り切り、修羅場になったことはない。
時には金を払うものもいたが、別に断りもせず、娼婦気分を味わっていた。
それほど女装に長けていた紗希だった。
そんなゴールデンウイーク前のある日、母から電話があった。
明日来るというのだ。紗希は、このときわずかな希望をもった。
沙羅の言っていたことかと。そう思うとわくわくし始め、また漫ろ女装の虫が騒いだ。

シャワーを浴び、いつもの手順で綺麗な女になっていく。
着る服の吟味も入念だった。靴は決めてある。それに合わせた服をえらべばよい。
お洒落なニットの薄手のセーターに、皮製の黒のマイクロミニのスカート、黒のブーツ。
これが紗希の外出姿だった。
セーターは白で、首部分の広いそのセーターから垣間見える白い肌は、セーターの一部かと思われるほどだった。
化粧は清楚に仕上げ、最近ワンパターン化しているヘヤースタイルにマッチしていた。
トレードマークになっているネックタイもセーターの色に合わせている。
ネックタイ、本当は呼び方が違うのかもしれないが、彼女はそう呼んでいた。
男物のネクタイと区別するため、ネックと名づけていた。
白のハーフコートは、ジャケット代わりでもある。
睫毛の生え際には、チャコールグレーのアイラインは上が筆で、下はペンシルで軽く、薄いラベンダー色のシャドーを細くつけ、瞼の大半は、ラメ入りのピンクシャドーだった。
ルージュもつけていないと思われるような淡いピンク、若干の明るさを持たせるためのピンクのチーク、素肌を生かすためのナチュラルなファンデーション、桜色のマニュキュア。
清楚なお嬢様風に仕上げた紗希は、ウインドウショッピングと決め込んでいた。
すれちがう人は、顔は前を向いているのに視線だけを紗希の向ける者、顔ごとむける者、振り返る者、反応はいろいろだが、存分に注目を浴びている。
久々の恍惚感だった。

そんな紗希の後ろから、声を掛けるものがいた。
「あの・・お茶でもいかがですか・・・」
25歳くらいの、スーツ姿の男性だった。歩道よりに寄せられた高級外車が、ハザードをかちかちと鳴らしている。
この男性が乗ってきたものだろう。育ちのよさそうはその男性は、美男子で紗希好みだった。
「・・・実は昨年、このあたりでよくお見かけしました。今年になってお見かけしないので、探していました・・」
ストーカーと思い、後ずさりした紗希だったが、青年の好印象に耳を傾けていた。
「・・立ち話も、なんですから・・・そこの店でお茶でも・・」
紗希は迷った挙句、車を指差し、
「あの車、あなたのもの・・・捕まっちゃいますよ・・・」
ややハスキーな声ではあるが、声から男性と見破られたことはない。
中学のときから女性ホルモンの投与などで女性化に努めてきた紗希だったが頭部の骨格などのせいで女性にしてはやや低い声質になっていた。
また喉仏も気にするほど出てはいないのだが紗希自身が男だったという意識が抜けないためそのわずかばかりのふくらみを過大視していたのだった。
そして自分の素性を分からせるためわざといつもより低い声で話し自分はニューハーフだということを知らせていた。
自分好みの男性に出会ったとき紗希はよくこういう行動にでる。
青年は、あっと思い、車のほうを向いた。
その隙に、紗希は彼から離れ歩きはじめた。
次の青年の行動を待つ、試してみる、こんなことをしばしば行う。
そして大抵の男はここで、車にもどり、移動させる。
つまり、違反切符と罰金のほうが紗希よりも上ということになる。
しかし青年は、紗希の後を追った。
「待ってください・・返事をもらっていません、いやなら嫌と言ってからにしてくれませんか・・・こういうやり方は卑怯です・・・」
紗希は笑い出した。
「卑怯ですか・・・勝手に話しかけてきて・・・・」
「それはそうですが・・・」
「わたしの態度で判断するのも、あなたの義務だと思うのですが・・・」
「・・・じゃあだめですか・・」
「・・・すこしだけなら・・・でも、お車のほうはどうなさいますの・・」
「いいんです・・人身事故でもあるまいし・・駐禁くらい・・・」
「でも、他の車が迷惑しますよ・・」
「そうですね・・・じゃあ、ちょっと・・・」
といって、携帯電話を取り出した。そして誰かに電話した後、こちらを向きなおし、
「失礼しました・・・店のほうは僕が選んでもいいですか?」
「ええ・・・」

洒落た造りの喫茶店の入った二人は、向かい合って座った。
窓沿いの角のテーブルだった。
外からよく見える位置に紗希を座らせ、自分は、壁に隠れる席に座った青年は、一気に話しはじめた。
紗希は、椅子に浅く腰を下ろし、両膝を揃えて脚は斜めに、つま先は延ばしてそろえる。
重ねた両手にはハンカチが握られ、背筋は伸ばしていた。
青年の話に時折、相槌を打ち、彼の問いにわずかに答える程度だった。
それは、はにかんでいるようにもみえた。

青年は、昨年の今頃、このあたりで紗希を見かけていた。
そのときは声もかけられなかったが、ここに来るたびに、紗希を探すようになっていた。
紗希のほうは、ここはお気に入りのスポットで、月に一度は必ず来ていた。
また昨年の夏は沙羅とここでたくさんの買い物もした。
しかし、今年に入り、沙羅のところに通いつめていたこともあって、しばらくご無沙汰だった。
思い起こせば青年は幸運だったのかもしれない。
そんな時、外では、彼の車に誰かが乗るのを見つけた紗希は、
「津村さん・・・どなたか、お車に・・」
青年は津村良樹といった。
「あっ・・いいんです・・頼んでおいたもんですから・・」
「・・・・お友達?」
「そんなようなもんです」
紗希は津村に対して印象がどんどん良くなって行った。
そして今度会ったときには自分の秘密を話そうと思った。
それでも付き合ってくれることを祈りながら。

津村は、名刺ではなく携帯の電話番号をメモした紙を渡し、このあと用があるので、名残惜しそうに去っていた。また次、いつ会えるかとの誘いには、あえて答えなかった。
都合がついたら連絡するとのみ、いっておいた。

ウインドウショッピングと決めていたが、結局、夏物のワンピースを買ってしまった紗希だった。
なじみのブティックの手提げ袋を持ちながら家路に向かった。
町並み木は新緑を湛え、目にもまぶしかった。
今はその新緑を眺める余裕も出ていた。
母から希望を持たせる電話と今日知り合った好青年、津村良樹。
もうすぐ訪れる初夏と共に、紗希にもなにか人生の転換が訪れようとしていた。
長崎からの大移動で疲れ果て、娘の部屋のソファで休みを取っている瑞江だった。
名産のお土産を娘に渡し、冷たい飲み物と口にしている。
今夜一泊して明日、息子夫婦のところにいく予定だった。

二ヶ月前、息子が婚約者を連れてきた。
まだ15歳という若い婚約者はすでに、妊娠しており、その処遇を夫浩三とともに話し合った。
浩三は終始無言だったが、心の中はおおむね賛成だった。
この夫との付き合いも、40年近くたっている。
両親同士が決めた事業拡大のための政略的な結婚にもかかわらず、まれにみるおしどりで、ここまできた。
夫に対してなんら不満はない。
ある程度の束縛と、かなり自由な今の人生には満足している。
数年前まで会社の役員として名と連ねていたが、いまは長男、次男に譲り、彼らの家庭のほうの顧問になっていた。
長男、次男の嫁達がよく彼女のところに来て、夫への不満や子育てについてこぼしていく。
お茶を飲みながら不平、不満を黙って聞き、帰り際に一言アドバイスを与える、そんな今の状況だった。
嫁達はただそれを聞いてくれる、愚痴を聞いてくれるはけ口がほしいだけだった。
長男次男にはふたりずつの子供が、瑞江にとっては孫だが、いるがこんど三男にも子供ができる。
相手はまだ15歳という。自分も14歳で長男を産んだので、取り立てて驚くことではない。
入籍できる年齢になるまでとりあえず自分達の養子にすればいいことだっだ。
心配だった末っ子にも、一つの光明を持って今日上京してきのだった。

一枚のメモを紗希に渡し、
「わたしは明日、沙羅ちゃんのところに行くから、あなたはここにいきなさい」
「・・・・、」
「幸雄からのプレゼント・・」
「兄さんから?」
「そう、・・あなた、沙羅ちゃんの面倒、よく見てくれたんだってね・・だからそのお礼だって・・・」
「なんなの、これ・・」
パソコンのプリンタで印刷した用紙を紗希の前に差し出し、
「よく読んで・・どうするか・・自分で決めなさい・・・」
「・・沙羅ちゃんがここで・・・」
紗希はやっとの思いだった。沙羅の言っていたことだった。

『そのうちに、お義母さまから話がある』
実のところ、心待ちにしていたのだ。
そのくせわざと、拒むような態度を取る。書かれている内容を読み、
「大丈夫なの、これ・・・」
「沙羅ちゃんをうらやましく思わない?」
「・・それは・・・」
図星だった。うらやましくて、ジェラシーを感じたほどだった。
「お父さんも、あれこれ言っているけど、本心は賛成だから・・」
「・・・とりあえず、いってみる・・・」
「いつものように、お金のことは心配ないから・・」
それからの母は雄弁になり、あれこれ勝手に話してた。
たぶん紗希に不安を与えないためだろう。
沙羅のことについて話していた。

彼女も今高校に通っている。大きくなり始めているお腹を抱えての通学はたいへんだろう。
また妊婦がよく、格式の高い○☓女子校に入れたのか紗希には不思議だった。
しかし、最近思うことの一つに、幸雄の人脈の広さだった。
紗希には無理だと思うことも、人脈を通じて可能にしてしまう。
研究、研究でオタク的な印象しかなかった幸雄を、見直し始めていた。

瑞江は沙羅を長崎の自分のもとにおくことを考えていた。
そのほうが幸雄夫婦の負担が少ないと思っていた。
また幸雄を地元の大学病院に勤めさせれば、教授はおろか総長にもなれる。
ただ問題は幸雄の分野である脳外科の世界では、彼の技術は世界的に有名で、今後も彼の活躍の場は、地方都市の長崎では収まりそうにない。
また大学側も手放すことはないだろう。

紗希があの沙羅が手術した“麗羅の館”の門をくぐっているころ、そんな話し合いが三人によって行われていた。
瑞江の提案に沙羅が真っ先に、異を唱えた。
嫌だとははっきりとは言わない。
自分のために幸雄を、今の職場から去らせるようなことは嫌だし、重荷になりたくないし、離れたくもない。
そんなことをやんわりと、瑞江に訴えるのだった。
その沙羅の気持ちは重々分かる瑞江だった。
自分も浩三と離れるのが嫌で、彼のあとをついて何度も転校したものだった。
考え終わって、一息ついた瑞江は、
「じゃあ、わたしがこちらにしばらくいましょう、・・・お手伝いさんを雇うことも考えましたが、まだ若くて、使ったことのない沙羅ちゃんにはかえって、重荷になるかも知れません・・」
「・・・俺達はいいけど、父さんはどうするの・・・」
「・・・そうね、・・父さんも連れてこようかな・・・わたし達も離れるの、嫌だし・・・・・」
「何だよ、それ・・・まだそんなに、熱々かよ・・・」
「・・素敵・・」
沙羅は目を潤ませて、ぽつりと言った。

結局、初老夫婦が東京に住むことにした。住むところはたくさんある。
沙羅の通っている高校の近くに、ちょうど4人で住むには大きすぎるほどの一軒家があった。
幸雄の通勤にも近くて便利だった。実はここには幸雄に譲ろうと考えていた家だった。
しかし独り者の幸雄には広すぎたので、仕方なく開けておいたものだった。
三人で決めたことだったが、幸雄は、父が来ることはないと思っていた。
そのことを母に言うと、
「大丈夫よ、わたしが連れてくるんだから・・」
「でも、会社のほうは・・」
「今は、もう隠居みたいなもんだから・・・」
会社のほうは、長男が取り仕切っていて、パソコンのメールやFAX、電話などで済ませられることだけだから、大丈夫だということだった。
また、今でも自宅にいて用を済ませることが多かった。
「でも、沙羅ちゃん、こんなおばあちゃんと一緒じゃあ、いや?」
「そんなことありません、あたしにはもう両親はいないし、・・・本当のお母さんと思っています。・・失礼ですけど・・・」
「そんな、失礼だなんて・・・一番上の孫と同じ年だけど、しっかりしてるわね・・」
「・・・・・」

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初めて拝見しました。とても期待しています。頑張ってください。

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就活で忙しいのかな?
落ち着いたら また 更新してくださいね。
待ってます。
止めないでください!
プロフィール

megumi2001

Author:megumi2001
仕事・家事・執筆・・・・忙しく動いています
家事は・・・新彼と同棲中・・・・なので
更新、遅れ気味で・・・

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